眩いばかりの閃光が俺と『凶夜』を包み込む。
だが、勝敗自体は既に俺は判っていた。
「ぐがあああ!!」
向こうから『凶夜』の絶叫が聞こえる。
俺の『竜神』は奴の攻撃を弾き飛ばし奴に命中したようだった。
とは言え、かなりの威力が相殺されたのだ。
これで勝敗が決するほど深刻なダメージは受けていないだろう。
いや、仮に受けていたとしても・・・
視界が戻ると、そこには俺の予想通りの光景が広がっていた。
奴の右肩から先は存在せず、傷口を押さえるそこからは出血していた。
あの傷の規模から推測して九割強の威力が相殺されたようだ。
だが、それも直ぐ無かった事になるだろう。
「ぐ、うううう・・・・」
傷口を押さえる手に力を込めると同時に傷口から腕が生え、再生していた。
「はあはあ・・・さすがは兄者・・・いかに力を持っていたとしても今の俺には勝てぬか・・・、く、くくくくく・・・だったら俺が変わってやるよ。軟弱野郎」
声が変った。
間違いない。あの声の持ち主こそが『凶夜』の全てを狂わせた張本人・・・
「余計な事は・・・うるせえ。手前の力に振り回される阿呆はすっこんでろ・・・これは俺と兄者の・・・俺とあいつとの戦いでもあるんだぜ。なら俺が戦っても文句はねえだろ」
『凶夜』の声は徐々にか細くなり、低い威圧を持つ声に取って代わり、それに比例するように『凶夜』の体から遺産との戦いでいやと言うほど感じた負の瘴気が立ち上る。
いや、立ち上るなどと生易しい物ではない。
わずかな時間で瘴気は空間を満たし、息が詰まりそうになる。
「くくくくくく・・・待たせたな・・・続きと行こうぜ」
その形相も禍々しい凶笑で歪めた『凶夜』。
「くっ・・・この瘴気常軌を逸してる・・・人間一人が出せる代物じゃねえぞ・・・」
「そりゃ当然さ。何しろ俺にはありとあらゆる人間の執念、怨念、憎悪ありとあらゆる魔の侮蔑、蔑視、冷遇・・・それこそこの世全ての負の感情が押し込まれてるからよ」
「負の・・・感情??」
「ああ・・・その様子じゃ俺の事を勘違いしているみたいだな。いいだろう。一つ昔話をしてやろう。むかし・・・そう今となっちゃ想像も出来んが人と魔が共存していたある種の理想郷での事だ。ありとあらゆる人から憎まれ、ありとあらゆる魔から忌み嫌われた人間がいた。そいつは別に人にも魔にも害を為した訳じゃねえ。ただ、生まれながらにして魔を殺せる力を有していた。その理想郷においてはそんな力は必要とされねえ。むしろ微妙なバランスで確立されていたこの理想郷を崩壊させる要因にしかならねえ。こいつさえいなくなれば我々はまた平穏無事に暮らせる、人はそう考えた。こんな力を持った奴などとっとと殺してしまえば良い・・・魔はそう決断した。その結果どうなったかお前ならわかるよな?」
「・・・数多くの七夜が『凶夜』の烙印を押され迫害を受けたのと同じ事が起きたのか?」
「まだ生温い。例え『凶夜』と呼ばれたとしてもまだ生物として扱われるだろう?だがそいつは生物としてじゃねえ。物体として扱われた」
「物体・・・」
「ああ生き物じゃねえ・・・ただの物としてだ、そこにいるにもかかわらず物として放置された。はなからいないものとして扱われた。無視され続けた」
「・・・」
知らず知らずの内に息を呑んだ。
敵視され冷遇される・・・それは確かに惨く惨めだ。
だが、されている者は少なくてもしている者からは生物として・・・対等の立場として見られている。
もしも絶望の中に救いを無理矢理、求めるのならばその一点だけだろう。
だが・・・もしも、いるにもかかわらず、いないと認識され、生物ではなく物体としか見られないのだとしたら・・・それはもっと惨たらしく惨めなのではないのか?
「何度かそいつを殺そうとしたが殺せなかったのさ。サシだと勝ち目は無い。かと言って集団で襲いかかりゃ、本能で創り上げた防御結界が自分の身を守る。手の内用がない。そこである呪いをかけたのさそいつじゃなくそれ以外の住人にな。これからこの理想郷の住人は一人残す事無く奴を人で無く物としてしか認識出来ない。そいつが叫ぼうが喚こうが他の奴らの耳には入らない。その呪いは成功しそいつは存在していたにもかかわらず存在しない者とされた。やがてそいつは病にかかった。だが当然誰も死につつあるそいつを助けようとしない。その結果無論そいつはとっととくたばった。死体は適当に放置され野犬や烏の餌となった」
「・・・」
「だがな、魂魄は死ななかった。何故こんな眼にあったのかと言う疑念、何も出来ず惨めに死んだ事への嘆きと憤り。ただ静かに生きたかっただけの願いを踏みにじった奴らへの怒りと恨み、そして憎悪。それが奴の魂魄に存在の力を与え、更には同じ境遇の魂魄を取り込み吸収し力は更に肥大化していった」
「・・・そしてその魂魄が今の貴様の人格として『凶夜』の肉体に宿った言う事か・・・」
「正解だ。その魂魄は長い間彷徨い続けていた。自分の怒り、嘆き、憎しみ、恨みを完全に取り込み己の復讐を果たしてくれる器を。そして長い時の果てにそれを見出した」
「それが『凶夜』・・・」
「いや、正確にはこの肉体の兄貴の方だ。この肉体も充分な器だが、兄貴とは比べ物にならない。だが、俺が入ろうにも兄貴の肉体には恐ろしいほどの力が既に宿っていた。下手に入り込もうとすると返り討ちにあいそうな程のな」
「『直死』と『極無』の事だな」
「そうさ。で止む無くこっちに俺は宿り、少しずつこいつに侵食し奴に力を与えた。いずれ時が来た時には正式の器を乗っ取り、貴様の身に宿る力をも我が物として復讐する為に」
「だが、貴様は一度敗れた」
「半端者の所為さ。この腰抜けの所為であの時は俺の力を押さえつけられちまったからな。だが今度はそういかねえ今やっこの肉体の主導権は俺の物だ」
「それ割には『凶夜』に最初は主導権を与えていたみたいだがそれはどういうことだ?」
「かつては俺とこいつは半ば敵だったが、今は盟約を結ばせたのさ。俺に全面協力するってな。その中にお前の相手はこいつがやるって事で承諾したんだが・・・荷が重すぎたようだから俺が出てきたのさ」
「盟約?言葉を違えるなよ。貴様がその力で隷属させているだけだろ」
「同じさ。所詮こいつは俺の手足となる事を承諾した俺の操り人形に過ぎん。そして今『八妃』と自分の魂すら賭けて殺しあっている『六封』もな。俺の復讐を果たす為の贄であり手段の一つ・・・そしてただの駒でしかないのさ」
「っ!・・・てめえ・・・」
「怒ったのか?憎いか?俺の事が?当然だよな・・・だがな・・・俺はこれ以上の怒りを憎悪を持って今日まで生き延びてきたんだぜ!!」
その瞬間俺は巨大な物体に押し潰された様に地面に倒れ付した。
「!!がっ・・・」
何だ今の衝撃は?
直ぐに体の自由は取り戻せたが・・・
「ああ悪い。少し力が強すぎた様だ」
「貴様の力?」
「ああ俺が生きていた頃から使え、最も得意としている能力、重力を操る力さ。それでちょっとばかりお前を押し潰したのさ」
「ちっ」
改めて『凶神』と『古夜』を構え直す。
重力とはまた厄介な・・・
「さて・・・おしゃべりはここまでだ。原型を留めず押し潰してやるよ。安心しな。どの道直ぐに身体は復元できるんだからお前が死んだ後、復元して俺が有効に使ってやるよ」
一方・・・『七夜の里』跡での『六封』と『八妃』の死闘は徐々に終局に向かいつつあった。
草原から集落跡に戦場を移動させ、満月の下で紅蓮の魔狼と純白の姫がぶつかり合う。
いやぶつかるというよりは一方が一方的に相手を吹き飛ばし、一方は良い様に攻められ、地面に転がり落ちる。
その姿は先程とは対照的だった。
服をびりびりに切り裂かれ、土埃塗れのアルクェイドに対して、幻陶の魔狼は傷一つ負っていない。
魔狼が幻陶を食らってから、アルクェイドは一方的にやられていた。
スピード、パワー、瞬発力共に短時間であるがアルクェイドを上回りほとんどサンドバック状態だった。
時折反撃を加えるが、傷を受けても、受けた先から治癒されてしまう為、効果は無いに等しい。
満月のお陰で傷は大半は治癒出来るが、それすらこの現状を打破する力とはならない。
「ったく・・・なんて怪物よ。真祖を超えるほどのスピード、パワー、おまけに回復能力まで持っているなんて思いもしなかったわ」
(我が魂魄を生贄として捧げているのだ。これ位はしなければな・・・)
アルクェイドの皮肉にも幻陶は当然の様な感想を漏らす。
「だからよ。人間一人の魂魄程度を生贄に捧げる位でこれほど力が上がるなんて思いもしなかったわ」
(そうか、それは光栄の至り・・・さて、お喋りはここまでにしよう・・・いかに人を遥かに凌駕する貴様でも一度死ねば魂魄は必ず出て来る。それを我が魔狼に食わせれば助かるまい。長期戦は出来ぬが故これで決める)
「くっ・・・」
低く唸り声をあげて獲物に襲い掛かろうとする魔狼に、対抗する様に構えるアルクェイド。
その眼光は未だ諦めず、戦う姿勢を解いていない。
(行くぞ!!観念せよ!)
口を限界まで開き、アルクェイドを頭から噛み殺そうとする魔狼。
「はああああああ!!」
裂帛の気合と共に懇親の一撃を繰り出すアルクェイド。
互いに地を蹴り飛び掛り、ぶつかり合い、その瞬間鮮血が飛び散る。
「っぅぅぅぅぅ・・・」
魔狼の口はアルクェイドの右腕を肘近くまで飲み込み、今にも食い千切ろうと上顎と下顎に力を込める。
(ここまでだ・・・もう逃がさぬ。腕を食い千切った後は貴様を食い殺してやろう)
現に魔狼はアルクェイドを押し倒し、その四本の脚をもって完全に押さえ込んでいる。
もはや逃げられない。
「残念ね。それは出来ないわ」
苦痛に表情を歪めながらもうっすら笑みを浮かべて幻陶の言葉を否定する。
(何?)
「外側からの治癒能力見事ね・・・でも中からならどう?」
(!!まさか!)
その言外の意図を察した幻陶だったが僅かに遅かった。
「星の・・・息吹よ!!」
その瞬間魔狼の腹部と背中部分の中心から申し合わせた様に魔狼の体内から鎖が噴出した。
内側からの突然の衝撃に万力の様に押さえつけていた魔狼の脚は僅かながら浮き上がる。
その隙を見逃す筈も無く、すぐさま立ち上がるアルクェイド。
「肉片も・・・残さないから!!」
更に食い千切られる寸前の右腕に渾身の力を込めて一気にそれを解放する。
同時に音も無く魔狼の上顎から上の部分は消し飛び、アルクェイドの右腕は解放される。
その傷口からは骨が露出しその骨も半ば砕け掛けている。
だが、それでも動かす事には支障はない。
(があっがあがががが)
無論魔狼の頭部は直ぐに復元するが、空想具現化で生み出された鎖は未だ魔狼を拘束し続ける。
おまけに、その驚異的な治癒能力が仇となった。
鎖と完全に癒着してしまって、完全に一つとなってしまった。
「人間にしては良くやったわ。己の全てを賭けてまで私を殺そうとするその意気に敬意を込めてこの一撃で決めてあげる」
そう呟くとその瞳は金色となり膨大なエネルギーがアルクェイドの全身に漲る。
「少しばかり戯れようか」
血塗れの右手を魔狼に向けてそう呟く。
それを号令とするように、魔狼は光の柱に呑み込まれた。
(ぐぎゃああああああああああああ!!)
柱の内部で何が起きているのか窺い知る事は出来ないが、光の柱が収束するとそこには何も存在しなかった。
「ふう・・・まさかここまで手こずるなんて思わなかった・・・え?う、嘘??」
やっと終わったかと大きく息をつくアルクェイドだったが次の瞬間素っ頓狂な声を出して絶句する。
僅かな塵から魔狼が再生を遂げていた。
「呆れた・・・ここまでやってもまだ再生するわけ?良いわよとことんやってあげようか?」
(いや、私の・・・敗北だ)
見ると魔狼は足元から霧のように掠れ消え始めていた。
「これって・・・」
(よもや魔狼がここまで破壊されるとは思いもよらなかった・・・再生に我が魂の全てを使い果たしたようだな)
「・・・そこまでしてあんた達の言う神の為に戦う義理があるって言うの?元はといえばその神があんた達をそういったものに変えた元凶じゃないの?」
(ふっ・・・我々は神に少なくとも恩義を感じている。恩義がある以上それに報いるのが『凶夜の遺産』と呼ばれ罵られ、死後も辱められた我らに残された最後の意地・・・元凶か・・・そうかも知れぬな。だが、それでも神が我々に機会を与えてくださった・・・それに報いなければならぬ・・・さて・・・ここまでか・・・他も逝ったようだな・・・消滅する我々が向かう先が冥府と呼ばれる所なのかそれとも別の所なのかは判らぬが・・・そこで再会しようとするか同士達よ)
その言葉を最後に魔狼は蜃気楼の様に儚く消えていった。
「・・・」
その最後を暫し無言で見つめていたアルクェイドだったが
「さてと、志貴を助けに行かなくちゃ。まあシエルや妹達なら大丈夫だと思うし」
そう言うと聖堂に向かい歩を進めた。